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とある針灸師の実情

針灸師・稻垣順也が、終わりのない自己紹介を続けていくブログです。

プロフェッショナルとは?

世界観

 

と、どこか他でも目にしたような問い掛けから書き始めてみました。

針灸師・稻垣順也としては、その条件の一つに、「独自の見立てが出来ること」が入るのではないかと思っております。

今回は、その「独自の見立て」に関わる話を紹介します。

 

顔面神経マヒとか、ギックリ腰とか……具体例としては何でも構わないのですが、針灸院と病院との間で競合が成立する疾患について、次のような興味深い食い違いを耳にすることがあります。

 

  • ある針灸師の言い分

「すぐに来てくれたら、すぐ治せる。けれど、最初に病院へ行き、注射や投薬をされてから来られると、なかなか治らない。」

 

  • ある医師の言い分

「すぐに来てくれたら、すぐ治せる。けれど、最初に針灸院などへ行き、しばらくしてから来られると、なかなか治らない。」

 

さて、皆さんなら、この両者の食い違いを、どう解釈されるのでしょうか?

どちらか一方の言い分を採用し、もう一方の言い分は却下されるのでしょうか?

 

一見して矛盾するような言い分に出くわした時、僕は、素直に両方共を受け入れてみるようにしています。

それは、矛盾の先には、真に価値のある見識が待ってくれているものだと実感しているからです。

上記の食い違いから、ある種の真理を取り出すことを目指して、まずは両者が体験したであろう事実を整理してみます。

 

  • ある針灸師が体験したであろう事実
  1. 最初に自分が診療してすぐ治った患者さんが居て、それが多数派である。
  2. すぐ治らなかった患者さんも、少数派ながら居て、その人は最初に病院へ行っていた。

 

  • ある医師が体験したであろう事実
  1. 最初に自分が診療してすぐ治った患者さんが居て、それが多数派である。
  2. すぐ治らなかった患者さんも、少数派ながら居て、その人は最初に針灸院などへ行っていた。

 

加えて、以下の事実もあったはずなのです。

 

  • 両者が気付かぬ内に体験していたはずの事実
  1. 自分以外のやり方ですぐ治った患者さんも居て、その人は自分のところまで来ずに済んだ。
  2. 最初に自分が診療してすぐ治らなかった患者さんも居て、その人は他の医療機関へ移っていった。

 

これら全ての事実を矛盾の無いように統合すると、以下のような解釈へ至るのが自然ではないでしょうか?

 

  • 同じ疾患であっても、治りの良い人と悪い人が居て、その差は必ずしも治療法に依存しない。

 

東洋医学では、その差を、「虚実」という概念で区別し、経過の予測に努めます。

「虚」とは、生命力の欠乏によって疾患が起こっており、治療効果を引き出すのが難しい状態。

「実」とは、生命力の過密によって疾患が起こっており、劇的な治療効果を引き出しやすい状態。

 

針灸師の立場からすると、「実」の中には、薬液を注入せずとも注射針を刺すだけで治る例もあるだろうと思います。

何せ、「針」ですからね。

 

プロフェッショナルとは、僕にとっては、「独自の見立てが出来る人」。

「見立て」を放棄し、相手の状態の把握に努めることなく、自分が好む手立てを一方的に勧める人は、アマチュアであり、浅はかな人だなぁと僕は思います。

そういう人が好ましいか迷惑かは、また別の話なのですが(相手次第で変わったりするのが不思議ですよね?)。