読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とある針灸師の実情

針灸師・稻垣順也が、終わりのない自己紹介を続けていくブログです。

僕は自然治癒力が怖い

 

「自然治癒力」という言葉、皆様はお好きでしょうか?

針灸を仕事にしている僕ですが、この自然治癒力という言葉、僕はあまり使わないようにしています。

「針灸で自然治癒力を高めましょう」なんてセリフを言うのには、ちょっと抵抗があるのです。

今回はその理由について書いてみます。

 

若い人のケガって、治りが良いですよね?

治りが良いのは「自然治癒力が高いから」と言えるでしょう。

でも、こういう話も耳にします。

「若い人のガンは進行が速い」と。

なぜでしょう?

自然治癒力が高ければ、ガンの進行も食い止められそうなものなのに。

 

自然治癒力には、実は、「裏の顔」があるのです。

今回は、その裏の顔を「自然発病力」とでも呼びましょう。

人には、「病気を治す力」もあれば、「病気を作る力」もある……自然な発想ですよね?

「自然治癒力」も「自然発病力」も、共に、ある一つの力が表現を変えたものでしかありません。

その力とは、「生命力」です。

生命力が真っすぐに発揮され、病気やケガに対してポジティブな影響を与えたものを「自然治癒力」と呼び、僕らはもてはやしがちです。

一方で、ひずみを起こして蓄積されていた生命力が暴れ出し、健康に対してネガティブな影響を与える「自然発病力」と化す場合もあり得るのです。

東洋医学では、そう考えます。

 

生命力の旺盛な若い人では、「自然治癒力」も「自然発病力」も強くなる……これは、愛情と憎しみの関係に似ています。

相手への思い入れが強い場合、その思い入れは真っすぐに受け取ってもらえれば愛情の原動力となりますが、ないがしろにされてしまうと、思い入れの強さの分だけ強い憎しみを生む訳ですね。

 

愛情も憎しみも、僕は、両方を大切にしたいと思っています。

ないがしろにされたが故に生まれてしまった憎しみが、更にないがしろにされるなんて、悲し過ぎるじゃないですか(だから、ご自身のネガティブな感情は、押さえ付けず、故人を供養するように、大切にしてあげてください)。

「自然治癒力」に対しても、同じ思いです。

「自然発病力」に該当するものを置き去りにして、「治癒力」という言葉だけを愛用するのは、生命力を軽はずみに扱っているような気がして落ち着きません。

「自然治癒力」が「発病力」へと同じ強さのまま裏返る可能性を思うと、生命力への畏怖が湧いてきて、生命力の都合の良い部分だけを切り取って語るのはためらわれるのです。

僕の感覚では、針灸は、「自然治癒力( = 生命力 )を高める」のではなく、「生命力を真っすぐに走らせる」ことの出来る道具です。

 

薬の「タミフル」が出てきた時、副作用として異常行動が問題視されましたが、それがなぜ子供に多かったのか、それも今回の記事で解釈できると思います。

ひずまされた生命力が強ければ強いほど、強い異常を引き起こすからですね。