とある針灸師の実情

針灸師・稻垣順也が、終わりのない自己紹介を続けていくブログです。

3月12日の出来事・中編

 

前編の続き】

僕の懸念……それは、「ロシアの魔女」(通称)に対して、近頃、望むような治療成績を挙げられていないということだった。

実は、この五日前にも、僕は彼女に針をしていた。

東洋医学では、顔色や脈の手触りといったものが治療効果を判定する指標となるのだが、針を終えた後のそれらは、いつも悪くなかった。

むしろ、会心の出来だったりした。

なのに、今回もその二か月前も、気候の急な変化や体に合わない食べ物などの影響はあったにせよ、施術後の経過に波乱が有った。

僕は、自分のやり方に不足を感じ始めていた。

 

以下、私見が続くので、読み方には注意していただきたい。

その時の僕は、人を良くする上で正解の「ツボ」は、人体のおよそ1 / 13のゾーンのどこかに在ると考えていた。

そのゾーンがどこに当たるかは状態によって異なり、それを僕は「脈診」で特定できると感じてもいた。

触ってはいけない忌むべきゾーンというのも有ると考えており、それも人体のおよそ1 / 13。

また、触っても影響力の乏しい外れのゾーンが10 / 13。

最後の1 / 13は、劇的な効果を現す「特効穴」と呼ばれるツボが存在しやすいゾーンだ。

この「特効ゾーン」を、なぜ「正解ゾーン」と区別したか。

「正解ゾーン」は、生体に「病毒」の排出を促す。一方、「特効ゾーン」は、病毒の整頓を促し、生体の隙間を増やしはするが、病毒そのものを減らす訳ではない……実体験や経験談などを統合し、僕はそう結論付けていた。

 

その「特効ゾーン」を、かつて、「正解ゾーン」と認識し、常用していた時期があった。

その頃の針灸で、自力ではもう治らないと言われていた肺炎が落ち着いたことや、大きな口内炎による痛みがその場で消え去ったことなど、印象的な結果は得られた。

けれど、僕は、そのやり方を捨てた。

それは、そのやり方を自分の体にも試し続けていた中で、自分が今までの自分から「進化」しそうな兆しを感じなかったからだ。

自分は単に「リセットボタン」を押しているに過ぎないと思ったのだ。

僕は新説を立て、「正解ゾーン」を今まで選択していたゾーンの斜め向かいへ移すことにした。

ただ、劇的な結果を得たこともあるやり方を翌日から変えるには、勇気が要った。

たかが数年の臨床歴しか無い自分でさえそうだったので、ベテランが自身のやり方を変えるのは本当に難しいことだと思われた。

悩みはしたが、僕は、自分の針灸にふさわしいのは「劇的なリセット」ではなく、「地道な進化」であると観念した。

以前からの信念として、「人には自分の体を好きなように扱う権利が有る」というものが在った。今だから分かることだが、どんな勉強をしようと、最初から「リセットの針」に行き着きやすい精神構造をしていた訳だ。人の「好み」に干渉するつもりは無かったのだから。

僕は、上記の信念に続きを作った。

「ただし、その人にとってベストなことを、その人が好きだと気付くように。その人にとって不利なことを、その人が嫌だと気付くように、体の側からしてみせる」という続きを。

この時、僕は、ようやく少し「治療家」らしくなったかも知れない。

人を変えたがらない者は、治療家ではない……と思う。多分。

 

しかし、「正解ゾーン」を移して以降、「ロシアの魔女」の経過については納得しがたいものがあった。

「病毒の排出」では済まない波乱が多すぎるように思えた。【後編に続く】