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とある針灸師の実情

針灸師・稻垣順也が、終わりのない自己紹介を続けていくブログです。

針を刺された後の不調は「はり師」に聞け

 

この四月より、ある患者さんの通院ペースを毎週から隔週へと落とすことになった。

その患者さんは鍼灸師であり、『鍼道 一の会』の数年来の会員でもある。

鍼灸学校の卒業後すぐ勉強しに来て下さったのだが、一年目の途中から体調を崩され、以降は自宅で療養しつつ、インターネットで動画を視聴するという形で継続されることになった。

僕は、「病院でも原因が不明の咳が続いている」と聞き、「必要であれば何なりとご相談ください」と、暗に鍼灸治療をお誘いしてみたりはしたのだが、しばらくして連絡を取り合わない日々を迎えてしまった。

その約一年後、今からだと約一年前、「病院からの帰宅時に身の危険を感じる程の立ちくらみに見舞われている」と聞いて、さすがにこれを放置する訳にはいかないという責任感と、何かしら貢献は出来るはずという自負心により、前回よりは強引に、往診を申し出たのであった。

その患者さんを以降はI先生と呼ぶことにするが、I先生は、先天的な持病により、週に三度の透析を余儀なくされている。

I先生は、身の危険を感じるとおっしゃいながらも、往診ではなく通院を望まれ、西中島のいおり鍼灸院までお越し下さった。

そして、初回の施術後に、「この一年、季節が一巡するまでは、毎週通うつもりです」とおっしゃった。

この宣言で、僕は、I先生がこの日まで「臨床家」としての我々を頼ってこられなかった意味が分かった気がした。

I先生は、「鍼灸にしか出来ないこと」を見極めたかったのではないだろうか。

その見極めのために、限界を迎えるまで、世間的な対処法だけで粘られたのではないか。

僕は、I先生に、光栄にも実験パートナーとしてご指名いただけたのである。

 

「立ちくらみ」と聞くと、僕は、以下の内のどれに該当するかを尋ねるようにしている。

  1. 視界が暗くなるタイプ。
  2. 視界が白くなるタイプ。
  3. 視界が回転したり、揺れたり、ゆがんだりするタイプ。

I先生の立ちくらみは「2」 だった。

起立後しばらくすると、視界が白み、駅のホームへ転落する恐れを感じて休憩を要したりするとのことだった。

これを僕は、東洋医学的に「熱証」として解釈した。

起立時に必要以上のエネルギーが頭部へ押し寄せ、スパークを起こして視界が白んでいるのだと考えた。

その証拠に、I先生は、冬でも冷たい飲料を好み、透析中には時に氷水を欲するほどだとおっしゃった。

そのような場合は、透析後、最高血圧が80ぐらいまで低下するとのことだった。

血圧の低下は、血管の拡張によっても起こる。僕は、この血圧の低下は、「熱」を体外へ逃がそうとして血管が拡張するせいで起こっていると考えた。つまり、血圧の低下自体を「悪」とは見なさず、身体の精一杯の「善処」と捉えた。異常なことではなく、むしろ自然なことである、と。

それにしても、I先生は、なぜここまで「熱」に苦しめられることになったのだろうか。

その理由を、僕は、透析時の穿刺に求めた。

まずは、西暦200年ごろに書かれたとされる『傷寒雑病論』という書物の一文を見て欲しい。

病発於陽而反下之、熱入因作結胸。

この文は、「ある種の感染症を自力で治そうとして発熱し始めた患者さんに、下剤を与えて排便という下向きの活動を促すと、深い所に熱が入って『結胸』というこじれた状態になる」ということを言っている。

次に、『鍼道 一の会』の先日の基礎講座で永松周二先生が紹介してくださったことだが、腕の内側を刺激することは、人体に下向きの活動を促すことになる。

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もうお分かりいただけたのではないだろうか?

透析では、体調のいかんによらず、2~3日に一度は腕の内側へ針を刺される訳である。

上記の「熱入」を起こさない方が難しいと考えるべきだろう。

もし「熱入」を起こしてしまったのなら、「下し」を徹底するのが定石だと、『傷寒雑病論』は言っている。

よって、この一年、透析では針を刺されない方の腕の内側を交えて施術を続けてきた結果、5週目以降から血圧が安定され始め、今では透析後に最高血圧が100を切ることは無く、透析中の水分補給は温かいお茶でも問題ないとのことで、当然、立ちくらみは克服されたのであった。

 

良い針で体が良くなるならば、逆に、悪い針で体が乱れることも有る。

針の種類や目的がどのようなものであれ、「針を刺された後の不調は『はり師』に聞け」と当たり前に言われる時代を、いつか後輩たちへ贈りたいものだ。

我々は、実は、そういった案件の専門家であるはずなのだから。